モロッコで輪投げ屋までの軌跡(上) 〜モスタファと砂漠とアフリカの太陽の下で〜

こんにちは!街中の女性が薄着になる季節が到来です!日本に帰ってきてからもう3か月が経って、もうそろそろメキシコに戻らなくてはならないという衝撃の事実。。残り日本滞在は2か月程度だと思いますが、それまで皆様遊んでください。

 

 

さて、今僕はメキシコと日本を行き来しながら事業を行ってますが(何故メキシコで事業してるかはこちらを!)
元々は「メキシコの人」ではなく、「モロッコで輪投げ屋の人」で界隈では通ってました。笑
異国の地で、自分の体一本で戦った初めての経験であり、事件であり、自分を変えてくれた

“モロッコで輪投げ屋シリーズ”の語られてこなかった裏話を3回に分けてこのブログでお伝えしたいと思います。

 

モロッコで砂漠トレッキングへ

 

21歳の頃の世界一周時に、ネパールのポカラという街で、僕は2週間、トレッキングをして5500Mの山に登りました。山中を歩いてると、静寂が心地よくなると共に、沈黙は落ち着かないだなんて、あんな不思議な感覚は
あれ以来感じていません。ビスケットを500枚くらいと寝袋、防寒具を担いで日本人のピアニストさん(ナツさん、元気にしてるかな。。)と一緒に山小屋に泊まり、4泊目くらいからは冷たい水に耐えることが出来ず、シャワーを浴びずひたすら歩き続ける生活でした(この日々で分かりました。10日間シャワーを浴びないと髪の毛が固まってきます)。

 

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5416M! これは本当に感動したなぁ。。

 

この山登りの経験で、自然に身を置くことの愉しさに味をしめ、2週間くらい砂漠を歩きたいという今思えば酔狂なことを考えていたんです。それくらい、ネパールでのトレッキングは楽しくて、今しか挑戦できないことなのかなと思っていました。

 

 

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このおっさん誰やったんやろう。

 

 

自然に身を置いて酔狂な旅がしたい

 

ネパールのトレッキングから3か月ほど経った時、僕はスペインから船でアフリカ大陸へ渡り、モロッコにいました。フェズという迷路のような街で僕はメルズーガ砂漠(モロッコの有名な観光地)でのデザートトレッキングを心待ちにしていたんです。ただ、流石に砂漠に一人で行って歩き回ってたら死ぬなと、当時命知らずだった僕でもそれを流石に悟って、ガイドを一人雇いながらアルジェリアの国境を、そして見知らぬ地に足を踏み入れたいと思ったんです。

 

 

現地の旅行代理店に行くと、メルズーガでのトレッキングガイドは非常に高価だとのことで、僕の超貧乏旅の予算には全く合わなかった。2週間で、確かオフィシャルな価格だと5万円くらいで、僕はどうしても2万円とかで行きたかったんです。当時僕の旅の一ヶ月の予算は4万円だったから。。そして旅行代理店を歩き廻り、街中で話を聞いて回っていると、ある青年が

 

「僕なら2万円で2週間、ガイドをつけてやれる」と答えてきたのです。

 
忘れる筈もない、彼の名前はカリム。年は確か20代後半だった気がする。残念ながら彼の写真は残ってなく、
皆様にリアリティ溢れるストーリーを伝えれないのが心許ない。

 

 

いざカリムとメルズーガ砂漠へ

 

そんな彼と一緒に夜行バスに乗ってフェズからメルズーガの街へ。翌朝到着すると、そこは生まれて初めて見る砂漠の世界。男の子ならば誰しもが持つ冒険心を砂漠に圧倒的に駆り立てられ、西側の心は最高潮の盛り上がりを見せました。待ちきれない僕は、翌日から14日間の砂漠トレッキングに向かいました。ガイドの名前はモスタファ。英語が通じない。通じないなりに一緒に砂漠を歩いた。夜はアフリカの太鼓、ジャンベを共に叩き、満天の星の空の下、音楽と酒に酔いしれ3日が過ぎました。

 

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トレッキング4日目、街が見えてきた。遠くに見える街を見て、僕は”これは名もなき街かもしれない”と心を躍らせながら歩みを進めるうちに、徐々に高揚感から、戸惑い、怒りに感情が変わっていったのです。目の前に広がったこの街は、3日前僕が砂漠トレッキングへ出発した出発点の街だった。ガイドのモスタファに英語で話かける。いつも通り、英語のわからない彼からは満面の笑顔と「NO PROBLEM」の繰り返し。両手に着いた10本の指を駆使して14日間のツアーであることを訴えるも、モスタファは左手の人差し指から小指の4本を立て、「ツアー イズ オーバー」と言って僕を抱きしめる。

 

 

足元の砂漠からジリジリと熱気が込み上げ、雲ひとつないアフリカの空に浮かぶ太陽が僕を突き刺す。
モスタファの胸の中でピクリとも出来ずいた僕は誓いました。

 

 

「カリムを見つけ出して日本人の怖さを思いしらしたる」

 

 

そしてその夜、僕はメルズーガ砂漠からフェズへの夜行バスに飛び乗りました。

〜続く〜

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西側 赳史

西側 赳史

持ち味はモロッコの輪投げ屋生活で身につけた度胸と、本場ラテン仕込みのサルサ。株式会社Encounter JapanのCEOです。
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