モロッコで輪投げ屋までの軌跡(下) 〜夢にまで見たホームパーティ〜

これまでの話はこちらからどうぞ

 

 

モロッコで輪投げ屋までの軌跡(上) 〜モスタファと砂漠とアフリカの太陽の下で〜

モロッコで輪投げ屋までの軌跡(中) 〜フェズの警察署で〜

 

 

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夕飯も食わずに昨晩は寝てしまったので、空腹で朝起きてしまった。何の夢を見たか覚えてない。シャワーはササっと浴び、ホステルを出ていつものように朝食を探しに街へ出る。

 

 

旅中の生活では何ら変哲のない1日の始まりなのだが、これから人生初の公判に参加することになっている。旅に出る前、考え抜いた「旅中にやりたいこと・行きたい場所リスト」に『モロッコの裁判所』なんて加えたつもりは一切ないのだが、想像を遥かに超える経験が出来ることも旅の醍醐味である。

 

 

「自分の判断で一人の成人男性が2年間牢獄に入るかが決まる」

 

 

懲らしめてやりたい一心で、砂漠から長距離夜行バスに乗ってフェズまで帰ってきたのだが、いざ牢獄に投獄されたカリムを見ると、そして何より彼の家族が泣く姿を見ると、無罪放免にしてやりたいという気持ちが時間が経つにつれ強まってくる。シーソーゲームのように、「命に直結する旅の資金を奪われたんだから、倍返しでリベンジするのが当然でしょ」という怒りの声が頭の中を反芻する。優柔不断な僕は決められない。

 

 

ふやけたパンと柔らかすぎるバナナを食べながら、モロッカンティーをじっくり飲む。紫煙を燻らし、数時間後始まる裁判について頭の中で会議を重ねていた。

 

会計を終えて、のこのこと警察署へ向かい、僕は警察署が準備したジープに乗り込む。5分ほど荒地を駆け抜けた後、仰々しい裁判所に到着した。スーツを着た裁判所勤めらしい男と警察に連れられ、建物の中に入る。簡易裁判ゆえにか、僕が連れられた部屋は想像していた裁判所のサイズとはほど遠く小さかった。それにしても、裁判所にいるのに適当な格好してる自分が可笑しく思えて、笑いを堪えながらも、監獄行きにするか、しないかの決断を悩んでいた最中、カリムが部屋に連れられてきた。緊張感漂う中、裁判が始まる。僕はこんなところで何をしてるんだろう。

 

裁判はアラビア語で進み、老人の通訳が英語で僕に訳しながら説明してくれる。今回の出来事について詳細が説明され、逐一僕に話の内容が正しいかの確認が来る。アメリカのピザ屋で身につけた英語能力、これもまだ想像を超えるシーンで活きてくるので、人生で経験したこと、身につけたことに無駄はないと今この文章を書きながら思います。

 

一連の事情聴取を終え、カリムより情状酌量を求めるスピーチが始まる。残念ながら、このシーンについて僕は全くと言っていいほど記憶がない。長いカリムの説明の後、裁判官より「本件について貴方は彼の処置を如何しますか?」という問いかけを受けた。息を飲む瞬間だ。

 

咄嗟に僕は、「彼を許してあげてください。私は彼が牢獄に入れることを望みません」この一言で、会は終了。速やかに部屋を後にした。

 

日差しが強くなっている。モロッコは中東色が強いので忘れがちだが、アフリカの一部なのだ。裁判所を出ると、遠くにカリムの家族が見える。僕に気づいたのか、母親らしき人が子供を連れて走ってくる。カリムは僕の隣を歩いている。無罪釈放となり、嬉しいだろうが、僕が隣にいることで気まずさの限界を超えてるのか、無表情かつ何も言葉を発していない。

 

お母さんがカリムと二言、三言話す。カリムが母親に胴体を抱きしめられ、腰から下には小さな兄弟たちがしがみついている。そしてすぐ、お母さんが僕を強く抱きしめた。アラビア語が理解出来ないので何を言ってるかわからないが、感謝されていることは分かる。カリムが青い顔をして僕に向けて今日始めて言葉を放った。

 

「家族が君に感謝している。今晩、ぜひ自宅で夕食に招きたいと言っている」

 

被害者、容疑者の関係で裁判をした夜に和解の夕食会。正しいか正しくないか、楽しいか楽しくないか、得するのか損するのか、そんなことはもう僕の行動判断基準ではなかった。ただただ、ふらふらと糸の切れた凧のように風が吹けばその風にのって、どこかへ流される。どこに行こうが、何をしようが、誰もそんな僕を咎めたりしない、若き日の旅の日常。

 

「わかった。じゃあ19時にあのカフェで待ち合わせしよう」

 

待ち合わせ場所に選んだカフェは、僕がカリムを発見し、そしてカリムが逮捕された場所だった。糸の切れた凧状態の僕だったが、それでもワンパンチ入れたい気持ちがあったんだろう。精一杯の僕の嫌味な嫌がらせだった。

 

踵を返し、裁判所から再び警察署のジープに乗り込み市内に戻る。これからモロッコに来る旅人のために、やっぱり牢獄に入れた方が良かったのではないか。彼を反省させることを考えると、僕の判断は間違っていたのではないか。そんなことを考えながら変わらない砂漠の景色を眺める。

 

宴は3日3晩続いた。お母さんの愛情と感謝たっぷりの食事。モロッコ料理が振舞われ、家庭的なタジンを食らい続ける。
どうやらカリムは喉に食事が通らないようだ。リビングの奥のソファで一人、3日間ずっと口も割らずに沈黙を続けていた。

 

お母さんと兄弟たちとは言葉も通じないのに、僕は何を話していたんだろう。それでも、最後の宴が終わり、母親、兄弟たちとハグをして僕はマラケシュの街に発った。最後のハグは、まるで裁判所でカリムを抱きしめていたような、それくらい力強い抱擁だった。シュクラン、シュクラン(ありがとう)と言って別れたのだが、なぜ僕が感謝する必要があるのだろう。そんなことを考えながら、また夜行バスに飛び乗り、僕は後部座席の男にセクハラを夜な夜な受け、挙げ句の果てに朝起きると、旅のお供であるウォークマンを失っていた。

「もうモロッコ人を許さない。絶対にモロッコ人から金を巻き上げてやる」

鼻息荒く、僕はマラケシュのバスターミナルから市街地に向かい、いつもの如く安宿を探した。どうやってモロッコ人に復讐戦を仕掛けるか、そればかり考えながら。

 

最後までお付合い頂いた皆様に、、カリムを紹介します。

 

 

追伸: ちなみに、僕が現金の代わりに奪われたオリンパスのフィルム一眼レフを返してくれたのだが、それから半年後、帰国してフィルムを現像すると売春婦らしき女や旅人らしき欧米の女性の写真が現像された。きっと、僕から騙し取った金を使って口説き落としていたんだろう。

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西側 赳史

西側 赳史

持ち味はモロッコの輪投げ屋生活で身につけた度胸と、本場ラテン仕込みのサルサ。株式会社Encounter JapanのCEOです。
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